三味線の棹の木には、花梨(かりん)、紫檀(したん)、紅木(こうき)などが使われます。材名を読むときは、どの部位の材料か、何を根拠に付けられた名前かを一緒に確かめましょう。木の名前だけで、一丁の音、状態、価格まで決まるわけではありません。
同じ読みの木でも漢字が違い、商品名に木の名前が使われていても、その木でできているとは限りません。ここでは三つの材名を入口に、仕様書の読み方と、写真で分かることの限界を説明します。自分の楽器の材質を調べたい場合にも使える見方です。
棹の材名と楽器全体の材質を分ける
「紅木三味線」という説明を見ても、木の部品すべてが紅木という意味にはなりません。棹、胴、糸巻は別々の部品です。最初に、どの部分について書かれている材名かを確認します。
すみだ郷土文化資料館が紹介する小唄用の「三味線 紅木 三ツ折」は、胴に花梨、糸巻に黒檀、駒に桑を使っています。紅木という名前の付いた一丁の中で、複数の木材を使い分けている例です。棹の説明を、そのまま胴や駒の材質欄へ写さないようにしましょう。
メーカーの仕様表も同じように読めます。鈴木楽器製作所の生産完了品「花梨21点セット」は、棹と胴が花梨、糸巻が黒檀と表示されています。商品名に加えて、かっこの中に書かれた部位を読むことで、何が花梨なのかが具体的になります。
花梨と花林は資料の表記を残す
三味線の資料では、かりんに「花梨」「花林」などの表記が使われます。東京邦楽器商工業協同組合は花林、鈴木楽器製作所は花梨と記しています。表記が違うだけで、直ちに別の材質や等級だと決めることはできません。購入記録には、元の資料の漢字と読みを残すと照合しやすくなります。
木材としてのカリンと、果実を利用するカリンは区別します。林木育種センターの資料は、マメ科のPterocarpus属の木材の多くが日本でカリンと呼ばれ、バラ科の花木や果樹のカリンとは別種だと説明しています。果実の写真を見つけても、三味線の材料の証拠にはならないのです。
同資料はビルマカリンという種を具体的に紹介しています。ただし、「花梨」と書かれた三味線がすべてこの一種だと分かったわけではありません。詳しい樹種が必要なときは、販売上の材名に加えて、製作者が持つ材料の情報を確かめます。
花梨は棹にも胴にも使われる材料です。「花梨だから仮の楽器」と考えるより、習う音楽で使える仕様か、棹と胴がどう仕上げられているかを見ていきましょう。材名を覚えることと、自分に合う一丁を選ぶことは別の段階です。
紫檀は材名と植物の分類を区別する
紫檀も三味線の棹に使われる材名です。東京藝術大学の製作展示の解説では、紅木や花櫚などとともに、硬く密度の高い木材として扱われています。三味線の職人は、木目や重さを一本ごとに見ながら部材を切り出します。
植物について調べると、学名が添えられた資料にも出会います。林木育種センターのシタンの解説は、Dalbergia cochinchinensisを本紫檀の代表種として紹介しています。このように学名を伴う種の解説と、楽器店の商品欄の「紫檀」は、情報の詳しさが異なります。
商品欄の二文字だけから、上記の学名をその楽器に付け足すことは避けましょう。材料が分かっている製作者の説明や記録と結び付いて、初めて個体の情報になります。「紫檀と聞いている」と「樹種を確認した」は、記録でも分けておきます。
紅木も色だけで見分けようとしない
紅木は「こうき」と読む材名です。すみだ郷土文化資料館の解説は、紹介する小唄三味線について、インド産の材料と記しています。こうした由来のある説明を読むことと、赤褐色の棹を写真で見て紅木と判断することは違います。
紅木の説明で「トチ」という言葉を見かけることがあります。菊岡中むらは、棹の表面に見える虎の模様のようなものとして紹介しています。ここでのトチは木の表面の模様の話です。材名の欄に、花梨、紫檀、紅木と並ぶ別の木として加えるものではありません。
トチの入り方や材の選定が販売上の評価に使われても、それだけで手元の一丁の音や状態を判定することはできません。写真で模様が見えたら、どの材に見られる特徴として説明されているかを確かめます。模様が似ていることを、材の来歴や製作年の証明に置き換えないようにしましょう。
金細や三つ折は木の名前ではない
金細(きんほそ)は、木の種類と同じ欄で語られやすい言葉です。東京邦楽器商工業協同組合の製作工程では、継手に金の金物を入れる作業を説明しています。金細という語を見たら、材名とは分けて、継手の仕様として読むと整理できます。
三つ折は棹が三つに分かれる構造の呼び名です。「紅木 三つ折 金細」と並んでいれば、紅木は材料、三つ折は分割の構造、金細は継手のつくりに関わる情報です。三つの語をどれも木の等級として読むと、仕様を取り違えます。
販売店によっては、金細を含む楽器全体の仕立てに一つの呼び名を使います。その場合も、棹の木、継手、胴の仕様を分けて聞くと、見積もりの内容が分かります。継手を確かめるために、自分で棹を引き抜く必要はありません。
商品名より材質欄を確かめる
三味線の棹は、この三種類の木材に限られません。たとえば鈴木楽器製作所の学校用三味線「かえでMS-8」は、材質欄では棹と天神がABS樹脂、胴がナトーの木胴と説明されています。「かえで」は製品名であり、棹が楓材という意味ではありません。
型名のある楽器を調べるときは、商品名、型名、材質欄の三つを順番に照らし合わせます。木らしい色や名前から推測するより、メーカーが部位ごとに示す仕様を探す方が確かです。資料が見つからない古い型番なら、不明な箇所をそのまま質問として残します。
海外の説明にある英語名や、漢字の似た材名も、自己判断で同じ材料に置き換えない方がよいでしょう。仕入れ時の名称、学名の有無、どの部品の記録なのかを確かめます。翻訳した名前だけでは、手元の材料とのつながりは確認できません。
写真は相談の手がかりで樹種の証明ではない
木材を調べる専門家は、色だけを見ているわけではありません。森林総合研究所の解説では、色、手触り、重さ、匂いなどを観察し、より正確に調べる場合は薄い切片を顕微鏡で見て、由来の確かな標本と比べるとしています。
そのため、棹の写真一枚を見本と並べても、同じ樹種と確認したことにはなりません。写真は「どの部位を調べたいか」「どんな表示が残っているか」を伝えるために使います。木目が似ている、色が濃いという印象と、材質を確認した根拠は分けましょう。
調べる目的が、修理相談なのか、購入時の説明の確認なのかによっても必要な情報は変わります。まず製作者や販売店に、購入時の資料と楽器全体の写真を示します。顕微鏡用の試料を作ろうとして、自分で棹を削ったり、塗装を落としたりしないでください。
価格と音は仕上がった楽器として比べる
材名別の価格帯は商品を探す手がかりになりますが、価格には木以外の仕様も含まれます。棹の太さや構造、胴、皮、付属品、整備の範囲が違う二丁を、材名の差だけで比較することはできません。高い価格を、そのまま音の好みや弾きやすさの点数にするのも難しいものです。
東京藝術大学の製作解説では、胴作りでも棹の重さを考慮し、楽器全体のバランスを整えると説明されています。硬さや密度は材料の性質ですが、仕上がった楽器を構えたときの重さや手触りは、寸法と加工も含めた結果です。棹材を知った後は、実物でどう感じるかを確かめましょう。
試奏では、同じ人に同じ短い曲を弾いてもらい、好きな響きと扱いやすさを分けて控える方法があります。皮や糸、駒が異なる楽器同士なら、その違いも確認します。「こちらが好き」という感想を大切にしつつ、木材だけの音質ランキングへ広げないようにします。
材名が分からないときに残す情報
最初に、保証書、購入明細、箱や袋の表示、メーカーの型名を探します。見つかった材名は書かれていたとおりに控え、棹、胴、糸巻などのどこを指すかを添えます。誰から聞いた情報なのかも残すと、後から確かめ直せます。
次に、分からないことを質問にします。たとえば「棹は紫檀と聞いていますが、購入書類はありません。修理を相談したいので、材質と現在の状態を確認してもらえますか」と伝えれば、材名の確認と修理の目的を一緒に説明できます。写真だけで分からない部分は、実物を見てもらう前提にします。
購入を検討している場合は、材名の根拠と、見積もりに含まれる仕様を確認しましょう。木の名前、部位、確認した資料、実物で感じたことを分けて記録すれば、説明の違う二丁も比較しやすくなります。分からない材名を、見た目だけで埋める必要はありません。
参考資料
材料と工程は東京邦楽器商工業協同組合、部位ごとの木材の例はすみだ郷土文化資料館の三味線、製作時の選定は東京藝術大学の展示解説を参照しました。
植物の名称は林木育種センターのビルマカリン解説 21ページとシタン解説 22ページ、調べ方は森林総合研究所の樹種識別の説明で確認できます。商品名と材料の違いはスズキ かえでMS-8の仕様を参照しました。