長唄(ながうた)は、歌舞伎の踊りとともに育った三味線音楽です。唄を受け持つ人と三味線を弾く人が分かれ、笛や鼓などの囃子(はやし)が加わることもあります。舞台の動きに合わせる音楽として発展し、後には踊りを伴わず、音楽だけを鑑賞するための曲も作られました。
初めて聴くときは、歌詞の意味に加えて、声が入る場面と三味線だけになる場面を追ってみてください。歌舞伎の映像なら、その切り替わりを踊りの動きと合わせて見ると、音楽が舞台で何をしているのかが分かりやすくなります。
歌舞伎舞踊から音楽の鑑賞へ広がった長唄
長唄は主に江戸で発展しました。日本芸術文化振興会の解説では、長唄という名称が使われ始めたのは宝永期の1704〜1711年ごろ、現在につながる基盤ができたのは享保期の1716〜1736年ごろとされています。名称の登場と音楽の成立は、同じ一つの出来事ではありません。
当時の踊歌や上方の歌をもとに、浄瑠璃や能の謡なども取り入れながら発展しました。長唄は、曲ごとの歌詞や旋律を通じて、人物の思いやさまざまな情景を表す音楽になっていきます。
19世紀に入ると、歌舞伎を離れて音楽として聴かせる曲も作られるようになります。そのため、長唄の演奏会に踊り手がいなくても、不足した形ということにはなりません。歌舞伎や日本舞踊では動きと音の関係を、演奏会では声や楽器のやり取りを中心に楽しめます。
唄方と三味線方と囃子方が役割を分ける
唄を歌う人は「唄方(うたかた)」、三味線を弾く人は「三味線方(しゃみせんかた)」です。囃子が入る場合は、笛、小鼓、大鼓、太鼓などを受け持つ「囃子方」が加わります。唄と三味線だけの演奏もあり、編成は曲や公演によって変わります。
役割の組み合わせを簡単に表すと、唄方と三味線方を中心に、曲に応じて囃子方が加わる形です。次の整理は担当の関係を示しており、人数や舞台上の並びを固定するものではありません。
長唄の編成と担当
- 唄方:歌詞と節を歌う
- 三味線方:唄と合わせて弾く。器楽部分も受け持つ
- 囃子方:笛 小鼓 大鼓 太鼓など。加わらない演奏もある
複数の唄方が出演する場合、一人で歌う部分と、全員で同じ旋律を歌う「ツレ」の部分があります。一人の声を追っていたところへほかの声が加わると、歌の聞こえ方も変わります。最初は、誰が歌い始めたかと、何人が一緒に歌っているかを見分けるだけでも十分です。
出囃子(でばやし)では、唄と三味線のそれぞれをまとめる奏者を「タテ唄」「タテ三味線」と呼びます。中央で呼吸を合わせ、全体を導く配置がよく見られます。人数だけでなく、唄と三味線の担当どうしがどのように呼吸を合わせるかにも目を向けられます。
舞台で見える出囃子と姿を見せない黒御簾音楽
歌舞伎舞踊で、演奏者が舞台上に姿を見せて演奏する形を「出囃子」といいます。長唄では、緋色の毛氈を掛けた台に唄方と三味線方が並ぶ姿がよく見られます。踊り手に目を向けると同時に、後ろの演奏者がどの場面で歌い、どの場面で楽器だけを鳴らすかも見られる形です。
一方、客席から見て舞台の左側には、黒い簾の掛かった小部屋があります。ここで芝居に合わせて演奏されるのが「黒御簾音楽(くろみすおんがく)」で、「下座音楽」「陰囃子」とも呼ばれます。長唄の演奏者は、この音楽にも関わっています。
黒御簾では、唄と三味線に加えて、場面に応じた鳴物が使われます。情景や人物の気持ちを表す音楽と、天候などを表す効果音が、芝居の進行に合わせて演奏されます。舞台上に演奏者が見えないときも、どこから音が聞こえ、その音が登場人物の出入りや場面の変化にどう関わるかを追えます。
出囃子と黒御簾音楽は、二つの別ジャンルを表す名前ではありません。演奏する場所と舞台での働きを区別する言葉です。また、歌舞伎には義太夫節や常磐津節なども使われるので、歌舞伎で聞こえる三味線をすべて長唄と呼ぶわけではありません。
唄のない部分にも三味線の聴かせどころがある
長唄で用いるのは細棹の三味線です。三味線方は唄と合わせて弾くだけでなく、声のない部分も演奏します。曲を聴きながら「いま唄が止まった」と気づいたら、その後の三味線まで続けて聴いてみてください。
唄に先立つ曲の初めの演奏が「前弾(まえびき)」、唄の途中に入る短い演奏が「合の手」、まとまった長さの器楽部分が「合方(あいかた)」です。合の手と合方の境目は必ずしも明確ではありません。秒数で判定するより、歌の合間に短く入るのか、器楽だけで一つのまとまりを作るのかを見ると理解しやすくなります。
合方には、表す内容にちなんだ名前が付くことがあります。たとえば「京鹿子娘道成寺」の「鞨鼓の合方」や、「越後獅子」の「晒の合方」です。名前を知っておくと、演目解説にその言葉が出たとき、歌詞を探すだけでなく、三味線と踊りに注目すべき部分だと分かります。
三味線の全員が同じ旋律を弾くのを基本としながら、曲によっては別の旋律を重ねる「替手(かえて)」や、高い音域を受け持つ「上調子(うわぢょうし)」も加わります。大勢で演奏することと、全員が最初から最後まで同じ音を弾くことは別です。出演者欄に「上調子」があれば、その人の役割も確かめてみましょう。
曲の展開を踊りの場面と一緒に捉える
歌舞伎舞踊と関わる長唄には、主な人物が登場する前の「置き」、登場に関わる「出端」、心の内を訴える「クドキ」、拍に乗って踊る「踊り地」、終わりを盛り上げる「チラシ」といった部分があります。すべての曲が同じ順番と分量でできているわけではありませんが、演目解説を読むときの手がかりになります。
たとえばクドキでは、人物が何を思っているかを歌からたどれます。踊り地では、言葉の意味だけでなく、音楽の拍と身ぶりの関わりに目を向けられます。同じ曲の途中で聞こえ方が変わったときは、長唄らしさが失われたのではなく、踊りの役割が切り替わったのかもしれません。
公式の演奏例で長唄の働きを確かめる
娘道成寺で歌と身ぶりの関係を見る
「京鹿子娘道成寺」は、1753年に初演された歌舞伎舞踊です。鐘供養に訪れた白拍子の花子が踊るという設定の中で、恋にまつわるさまざまな姿を見せます。長唄「娘道成寺」として音楽を聴く場合と、舞踊を伴う場合の両方から入れる曲です。
日本芸術文化振興会の演目解説には、1990年3月の国立劇場公演からクドキの映像が紹介されています。「見どころ1」の説明にあるのは、手拭を鏡に見立て、化粧をする身ぶりの場面です。まず説明で何をしているかを確かめ、次に歌の言葉と身ぶりがどう結びつくかを見てみましょう。
別の入口として、「道成寺物」の長唄「娘道成寺」にも公式の演奏資料があります。同じ題材でも、能や地唄など別の音楽へ広がっていることが分かります。まず長唄の欄を選び、比較したくなったらほかの欄へ進むと、曲名の似た演奏を混同せずに聴けます。
石橋で編成と上調子を確かめる
長唄の解説ページには、2023年10月の国立劇場邦楽公演「石橋」の映像が掲載されています。この公演の出演者欄には、唄方と三味線方のほか、上調子、笛、小鼓、大鼓、太鼓が記されています。
この例では、まず出演者欄と映像を対応させてみましょう。唄を受け持つ人、三味線を持つ人、笛や鼓を担当する人がどこにいるかを確かめた後、一度に全部を追わず、唄、三味線、囃子の順に注意を移して聴きます。前に整理した役割が、実際の演奏でどのように組み合わされるかを見るための例です。
勧進帳は芝居のあらすじを知ってから聴く
「勧進帳」では、義経と弁慶の一行が安宅の関を通ろうとし、関守の富樫と対峙します。歌舞伎の全編を選ぶ場合は、公式のあらすじで人物の関係を先に押さえると、問答や舞の場面を追いやすくなります。長唄だけの演奏を選ぶときも、曲名に加えて、舞台の記録か音楽の演奏会かを確認するとよいでしょう。
初めから長い曲をすべて理解する必要はありません。娘道成寺ならクドキ、石橋なら編成というように、一つの関心から聴き始めます。気になった場面で、唄が入っていたか、三味線だけだったか、踊りを伴っていたかを残しておくと、次の演奏を選ぶ手がかりになります。