三味線の音は、糸の振動が駒を通って皮へ伝わることで生まれます。撥が皮に触れたときの音や、一の糸が棹側に触れて響く「さわり」も重なります。糸の材質だけで説明するより、どこが振動し、どこへ伝わるかを追うと、あの響きの仕組みが分かります。
同じ音の高さでも、弾いた瞬間の音と、その後に残る響きは別々に聞き取れます。この記事では、その二つを結び付けながら、糸、駒、皮、さわりの働きを説明します。さわりの調整や駒を動かす操作は扱いません。
音の高さと音色を分けて考える
「高い音がする」と「硬い感じの音がする」は、違うことを伝えています。前者は音の高さ、後者は音色についての感想です。三味線の特徴を知りたいときは、この二つを分けると話が整理できます。
張られた糸の音の高さには、振動する部分の長さや糸の張りが関わります。同じ糸でほかの条件が同じなら、振動する部分を短くすると音が高くなり、張りを強めても高くなります。糸巻で調弦することと、棹の上で糸を押さえることは、この違う条件を変える操作です。
一方、音色を考えるときには、どの高さの成分がどのくらい含まれるかに加え、時間とともにどう変わるかを見ます。最初の短い音が目立つのか、細かな響きが後まで残るのか。同じ一音を聞いていても、注目する時間を変えると別の特徴が見えてきます。
糸の振動は駒から皮へ伝わる
胴の皮の上に置く駒は、糸を支えるとともに、その振動を皮へ伝えます。糸を弾くと糸だけが動いて終わるのではなく、駒と接する皮も振動します。ここでいう皮は、木の胴の面を覆う膜のことです。
振動の経路を言葉で追うなら、糸から駒、駒から皮、そして周囲の空気へ、という順になります。駒は糸と皮の間にあるので、単に糸を持ち上げる台として見ると、音に関わる役割を見落としてしまいます。
1995年の発音機構の研究では、長唄などに使う細棹を本調子にし、熟練した奏者が弾いた音と各部の振動を調べています。中心に扱ったのは、二の糸を棹の上で押さえずに弾く開放音です。この実験は、糸から駒を介して皮へ伝わる振動を、実際の演奏中に確かめています。
撥が皮に触れると短い振動が加わる
撥を使う演奏では、糸を弾く動作の中で、撥が皮にも触れます。その瞬間には、糸から駒を通って届く振動に、撥が直接皮へ与える短い振動が加わります。三味線に打楽器的な性格があるといわれる理由の一つです。
先ほどの研究は、皮の振動を、この二つの働きに分けて説明しています。糸から駒を通る振動はその後も続き、撥の直接接触による振動は主に音の立ち上がりに現れます。出だしの印象と後の響きを分けて聞くとよいのは、音が鳴り始めてからも、振動の内容が変わっていくためです。
これは、どの音楽でも皮を強く叩けばよいという奏法の指示ではありません。研究で扱った楽器と弾き方をもとにした発音の説明です。撥の当て方を変える練習は、習っているジャンルの奏法として別に教わります。
胴の表と裏の皮も関係している
三味線の胴には、表と裏の両面に皮が張られています。正面の皮だけに注目しがちですが、胴の内部の空気や裏の皮まで含めて響きを考える必要があります。木の枠は皮を支え、内部には空間があります。
2016年の振動エネルギーの研究では、花梨の棹と胴、表面に犬皮を使う三味線を調べています。表と裏の皮の間で、胴内の空気を介して振動が伝わることを考慮したモデルは、考慮しないモデルより実測によく合いました。裏の皮も、振動の伝わり方を考える対象になっています。
同研究は、表裏の皮の間で振動エネルギーがよく伝わる周波数帯と、響きが長く続く帯域の関係を報告しています。ただし、この実験で得た値を、別の大きさの胴や別の皮にそのまま当てはめることはできません。ここから読めるのは、表の皮だけを単独で見ても楽器全体の響きは説明しきれない、ということです。
さわりは糸がわずかに触れることで生まれる
さわりは、三味線の一の糸に関わる独特の響きと、その仕組みを指します。東京藝術大学の上方落語の三味線の説明では、二と三の糸が上駒に乗る一方、一の糸は上駒から外れて、さわり山に触れています。
一の糸が振動すると、さわり山に触れたり、少し離れたりします。その接触を含む振動によって、ビーンと表される響きが生まれます。糸を完全に自由な状態で振動させるだけの仕組みとは違い、わずかな接触を音色に利用しています。
一の糸、二の糸、三の糸は、響きの上でも無関係ではありません。日本芸術文化振興会の文楽の説明は、さわりとほかの糸の共鳴を紹介しています。三本がそれぞれ鳴ることに加え、糸どうしの響きの関係もある、と捉えるとよいでしょう。
津軽三味線の例には、東さわりという仕組みもあります。東京藝術大学の図鑑では、ねじで高さを変える部分として紹介されています。さわり山の説明と、東さわりの構造は分けて読みます。どの三味線にも同じ調節ねじが付くわけではありません。
さわりの研究は何を確かめているか
さわりを付けた音と付けない音を比べた2012年の研究では、特定の周波数帯で響きが長く続く変化が報告されています。音の成分を時間ごとに調べる方法で、さわりによる違いを捉えたものです。
この結果は、「さわりは音を少し濁らせるだけ」という理解では捉えにくい、響きの残り方の変化を示しています。一方、すべての三味線で同じ周波数が同じ秒数だけ伸びる、と保証した研究ではありません。調弦、糸、さわりの状態が違えば、比較する条件も変わります。
研究で「ノイズ」という語が使われていても、それだけで修理すべき音を意味するわけではありません。三味線では、さわりを音楽の響きとして使います。ただし、普段と違うビリつきまで、すべてさわりだと判断することもできません。気になる場合は、どの糸を、どの位置で弾いたときに聞こえるかを先生や製作者に伝えます。
材料名だけでは一丁の音を言い切れない
糸、駒、皮、棹の材料は、楽器の仕様を知る手がかりです。しかし、同じ材料名の部品を集めても、形や寸法、取り付け方まで同じになるわけではありません。東京邦楽器商工業協同組合の製作工程でも、棹と胴を一本ずつ合わせ、皮を張り、糸を用途に合わせて仕上げる様子が説明されています。
たとえば二つの三味線を聞き比べ、一方の音が好きだったとします。その二丁で皮も糸も駒も異なっていたなら、好みの理由を棹の木だけに決めることはできません。「この楽器の音が好き」という感想と、「この材料なら必ずこう鳴る」という主張は、分けて扱いましょう。
製作者の「張りがよい」「音が伸びる」といった説明と、研究の測定結果も同じではありません。前者はその楽器や仕上げを説明する言葉、後者は条件を定めて調べた結果です。両方を参考にしながら、何を比べた説明なのかを確認すると、宣伝文句や数値だけに頼らずに読めます。
聞き比べでは出だしと余韻を順に聞く
仕組みを音と結び付けるには、先生や店の人に一音ずつ間を空けて弾いてもらう方法があります。まず音が出た瞬間を聞き、次に手が止まった後の響きへ耳を向けます。一度に「よい音か」を決めるより、出だしがどのように聞こえ、何が後まで残ったかを言葉にしやすくなります。
二つの音を比べる場合は、使った楽器、糸、駒、調弦、奏者、録音の位置を控えましょう。変えた条件と変えていない条件を分けるための記録です。自分の録音と別の人の動画では、楽器だけでなく、部屋やマイクの条件も異なります。聞こえ方の差を、そのまま部品一つの効果とは考えません。
初めは「最初の音が目立った」「後に細かな響きが残った」といった感想で十分です。糸から駒と皮へ伝わる振動、撥の接触、さわりを思い出しながら聞くと、気に入った音について具体的に質問できます。仕組みを確かめるために、皮を押したり、さわりを削ったりする必要はありません。
参考資料
振動の経路は堀内ほかの発音機構の研究、胴内の伝達は鈴木ほかの振動エネルギー解析、さわりの比較は山田ほかの音色解析を参照しました。構造は東京藝術大学のさわりの説明と東さわりの例、日本芸術文化振興会の文楽教材で確認できます。